椿事

2011/11/12 10:58


椿事(大椿は八千年に一度だけ花を咲かせるという。転じて有り得ないような話のことを言うようになった、とか)

日心会の内紛は、その標榜する「徳育」だとか「美しい日本の良い話」ということに反する非常に醜いものです。この醜さが内部に長くいるとだんだんと分からなくなってしまう。警戒すべきことと思います。

まず、わたしに理解し難いのは、日心会で重責を務められた方がお亡くなりになったというのに、その香典の金をめぐって会の創始者でありまた会長でもあった人物が疑われているという点です。これは大変に由々しき問題ではありませんか。このような疑いをもたれるということ自体がそもそも恥じであるとわたしは感じます。然るに、執行部とやらでは、これを非難する者を非難するという信がたいことが起きているというから、冒頭のような感慨を抱いてしまうのです。

そもそも会費というものは、わたしなどに言わせれば、こういう不幸のときに不義理とならないために、少しずつでも積み立てておく、そのためのものです。わたしはてっきりそういう種類の金を集めているのだろうと思っていました。また、月に千円では大したことはありませんが、それでも年に一度くらいは近い者同士が集まって懇親会をやってお互いがわが国の将来について熱い思いを語り合うこともできる、そのためのものでもあると思っていました。
ところが、ねずきち氏はオフ会などはやりたくないらしい。そんなことには金は使いたくないということなのだとすると、一体、金を集めて誰がどのような目的に費やそうというのでしょう。
政治活動はこの会の方向とは違うのでしょう。徳育にならそんなに金がかかるわけがありません。

わたしは、あの会は保守を騙ったねずきちファンクラブである、という認識でいます。保守さえ騙らなければ真っ当な会と言っても良い。そこをはっきりさせれば良いのです。
そこをはっきりさせないから、いや、俺はねずきちファンとして金を払っているわけではない、という会員が次から次から現れるのです。
(上はもちろん皮肉です)

この国を思い、会のことを思って尽力された方が亡くなられました。しかも、亡くなる前まで会が揉めていることに大変心を痛めておられたと仄聞しています。

ところが、ねずきち前会長はじめ、執行部といわれるところは、頭を垂れて静かに黙祷を捧げましょうと言うでもない。すぐに金(香典)の話です。こんなものは、会長自ら呼びかけなくとも、会さえ正常であれば、自ずと会員の方から集まってくるものです。

ところが、蓋を開けてみると、ねずきち氏が代表として納めた香典の金が合わないなどと大変な騒ぎになっている。こんな情けない会は見たことがありません。もう一度、皆で顔を洗って出直す以外にないのではありませんか。日本の良い話などする以前の問題だとわたしは思います。

わたしの常識では、会長は故人の尽力を想うなら当然に会長名で香典を納めるべきであるし、また会として預った香典もきちんとした額を日心会として納めれば良いだけのことです。

いったい、日本の心を伝えるなどと言いながら、こんな肝心のときにねずきち氏は何をやっているのですか。
自分の片腕となって働いてくれ会の運営についてもいろいろと心労もあったであろう方が亡くなったというのに、こともあろうか香典の金額を間違えたなどとおかしな言い訳をしなければならない、こんな恥ずかしい話は聞いたこともありません。

一事が万事とは良く言ったもので、これほどねずきち氏の本質を表した椿事もないとわたしは思っています。