谷神不死

2012/03/24 18:50


谷神不死。是謂玄牝玄牝之門、是謂天地根。緜緜若存、用之不勤。
谷神(こくしん)は死せず。これを玄牝(げんぴん)と謂(い)う。玄牝の門、これを天地の根(こん)と謂う。緜緜(めんめん)として存(そん)する若(ごと)く、これを用いて勤(つ)かれず。

老子の第六章である。
老子という人物はまったく不詳である。司馬遷孔子老子に会いにいって罵倒されて帰ったというもっともらしい話があるが、これはどうやら作り話らしい。二人の存在した(老子は実在の人物ではない、という説もある)時代は200年ほど違っているからである。

さて、老子道徳経第六章の上の文章であるが、これはまさに一篇の詩である。しかも相当に難解な代物である。
しかし、こんな風に解するなら、とても面白いものに思われる。

すなわち、これは宇宙の真理を表していて、玄牝(玄は玄人の玄だから、黒いという意味と深いという意味がある。牝はもちろん動物の雌であって、子を産むもの、何かを産み出すものとして使われている)とは、宇宙に存在するダークエナジーとかダークマターのようなものを象徴している。
この玄牝の門、すなわち産道からは次々と、果てしもなく事物が生じている。
老子は、無から有が生じる様を上の象徴詩に表現した、と考えてみると大変に興味深い。そして、老子はその宇宙原理を人間のあり方にも敷衍したのである。なぜなら、人間もまた玄牝の産物の一つであるから・・・。

今から2500年ほど昔の人物が、今日の宇宙物理学者と同じように宇宙の謎を解き明かそうとしていた、と想像することはとても面白い。もちろん、今日のような科学知識が普及していない古人の考えであるから、決して論理的なものとは謂えまい。しかし、文明を否定し、儒家の思想を否定した老子の考えは今日にあっても十分に新鮮である。