マーロウかく語りき

2012/10/18 12:01

askynekoさんの日誌に我が物顔で書きかけていた駄文の続きです。

まだわたしが若かりし頃の、ある人肌の恋しい今時分の季節のことであります。
もう記憶がディテールにまで及ばないくらいに薄れてきておりますが、
例によって、おそらくわたしはその秋の長夜を難しい哲学書(決してエロ本ではなかったとわたしの記憶は抗弁しております)を繙きながら過ごしておりました。

そのときのことです。ふと耳を欹てると、ドアをノックする音が聞こえてくるではありませんか。
わたしは、?と思いました。
まさか、ポーが詩に読んだあの大鴉ではあるまい。わたしは戸口まで歩み寄ると、突然の夜の訪問者を誰何しました。

すると、なんと驚いたことに、それは生保のおばちゃんだったのです。

しかも彼女、明らかにご酩酊の様子。わたしはしばしドアを開けるのを躊躇しました。しかし、彼女は酔いの勢いもあってか、どうしても入れろと聞きません。仕方なくドアを開けて彼女を招じ入れました。

さてそれからが、わたしが如何にフィリップ・マーロウ並みのストイックな男であるかを示すいわばクライマックスになるわけですが、彼女はなにせ生保のおばちゃんですから、わたしを訪なった主たる目的は保険を加入させることにあります。

しかしそれにしては、同僚たちだったか友達とだったか、ワインをしこたまきこしめしたとかで足元もおぼつかない様子。それにお歳のわりには痛いほどのミニスカときている。
しかもそのミニスカでなんと、保険の加入用紙もテーブルの上に置いたまま、わたしのたしかそのころは2DKだった狭いアパートの隅から隅まで見て回わったり、さすがに鈍感なわたしをも何か他に目的があって来たのではないかと思わせるほどに、しきりに保険をではなく、自らのセックスアピールを訴えようとするのです。

そのとき、何気なく台所の方に目をやったわたしの目に、ふとあるものが映りました。そして、あたかも頭の上に電球が一個灯ったがごとくにある大事なことを思い出しました。そうだ、切らしていた。

もしもあのときわたしにこの閃きがなかったなら、きっとわたしは今皆様にこのような話を開陳するということもなく、また自らのストイックを売りに出すこともなかったことでありましょう。

ともかく、そのときわたしが見たものとは、それは食器を洗う時に用いるゴムの手袋でありました。
そのゴム手袋からの連想で、わたしが思い浮かべたものとは・・・、これは言わずもがなでありましょう。

それでわたしは、ミニスカ生保のおばちゃんにこう宣言しました。
「早く帰りなよ。俺は保険に入る気もあんたの中に入る気もないんだから」

というわけで、わたしは親切にも彼女を車で近くの駅まで送ってあげたのです。

ところがこれには後日談がありまして、後日とはいっても翌日のことですが、なんとわたしの寝室でわたしは持たないはずの携帯が鳴っているのです。
それは彼女の置き土産というか、深慮遠謀だったというべきか。いずれにせよ、それを機会にわたしと彼女とは、決してふか~い関係ではありませんが、ときおりカラオケに突き合わされるほどの仲になってしまいましたとさ。