哲学者と狼

2012/11/06 11:13

2年ぶりにThe philosopher and The Wolf(哲学者と狼)という本をひっぱり出してきて読んでいる。

そして今回、面白い発見をした。2年前に読んだときには気が付かなかったのだが、マーク・ローランズもあのミラン・クンデラのファンであったということである。
しかも、クンデラの「存在の耐えられない軽さ」に出てくるカレーニンという犬にあやかってブレニンの友達として入手した不細工な雌犬にニーナという名をつけるのだ。そのニーナの正式な名前は、なんでもアンナ・カレーニナだそうである。

改めて思うのは、これは本当に優れた哲学書である、ということである。まず、マーク・ローランズという哲学者が素晴らしい。というよりも、やはり哲学者というだけあって、変わっている。この人もおそらくgeekの部類に入るであろう。

そもそもなぜ狼の仔などを500ドルもはたいて手に入れたか、そこがそもそもこの人物を考察する上での出発点というべきであろう。なぜ狼でなければならなかったか。なぜ犬ではなかったか。これは重要な点である。
ローランズ自身も言っている。アメリカにおいても100%ピュア―な狼を手に入れることは法的にも困難である。だから、彼が手に入れブレニンと名付けた狼も96%の狼の血を引くハイブリッドである。

それにしても、なぜ入手が困難でさらには一緒に生活するにはさらなる困難を伴う狼を友として選んだのか。
もちろん、そこには何らかの打算があったに違いない。なぜなら、彼は哲学教授であり、狼と生活を共にすることは、まさにこの著書がその一つの結実であるように、彼の人間についての研究、考察のために必要なツールであったとも考えられるからである。
しかし、それにしてもたとえ哲学者であろうと、狼を飼おうとは普通は思わないだろう。わたしは、ここにこそローランズの本質が隠されていると思えて仕方がない。

ローランズは哲学者でもあり、またフットボーラ―でもある。身長は5フィートと9インチとあるから、69インチ、すなわち175センチ、体重およそ200ポンド、すなわち90kg。
そしてブレニンと名付けた彼の狼の体高はおよそ90センチ、体長は180センチ、体重も70kgと飼い主とほとんど変わらない。

つまり、ローランズも書いているが、狼を飼うということにはそのalfa status(主導権)を巡る争いが常に伴う。ローランズはブレニンに対して常にアルファの立場でなければならない。それゆえに彼は週に5日ジムに通い、ブレニンと共にジョギングをすることになるのである。

ローランズは、Beauty and Beastという章の中で、ブレニンと走っているうちに、わたしは自分自身が狼になりたいと思うようになった、と書いている。なぜか? それは、狼の走りがまるっきり犬とは違った合理的できわめて美しいものであることに気がついたから、だそうである。それによると、犬に比して狼の走りには上下の動揺がほとんどない。まるで地面をgrindしているかのように滑らかである、と。それと比べて、simianの末裔であるわたしたち人間の走りはなんと間の抜けたものであることか、と。

上はもちろん、そのフィジカル面についてである。しかしながらそれは、ローランズが狼に強い憧憬を抱くようになったきっかけでもあった。そして当然ながら肉体と精神とは一体のものであるから、フィジカル面での憧憬は精神面への憧憬へとつながっていく。
実を言うと、わたしはここの行で涙が溢れて仕方がなかった。狼が孤高の生き物に思え、またその狼に憧れる人間の心情も良く理解できたからである。

この続きは改めて書こうと思う。