大和比

2012/03/29 22:05


何年か前に新入社員の研修で講師役を仰せつかった。何十人かの新社会人を前に一枚のA4サイズの紙を手にしたわたしは、
「みなさん。この紙のサイズはなんですか?」とまず質問をしてみた。
大方の者は紙のサイズを知っていて、元気良く「A4です」と答えてくれる。

「その通り、この紙のサイズはA4です。今ではほとんどの公式書類がAサイズになってしまいましたが、一昔前まではB4とかB5というサイズのコピー用紙が良く使われていました。
それについては、面白い笑い話があるので、今日は特別に聞かせてあげましょう。
ある日、君たちのような、入社したてのほかほかの社員に、だれだれちゃん、これB4で3部コピーしてきて、と頼んだら、元気良く駆け出したもののなかなか帰ってこない。どうしたんだろうと心配して待っていると、やがて怒ったような顔をして帰ってきて、先輩、わたしを担ぎましたね、などという。
俺は新入社員のおまえなど担ぎやしないよ、いったいどうしたんだ、と聞くと、わが社はB3まででB4はありません、などという。
なんと、きゃつはわたしがB4サイズでと言ったのを、地下4階で、という意味に勘違いして一生懸命B4を探していたというわけだ・・・」

しかし、break the iceの試みは冷ややかな笑いを起こしただけで、氷を融かすどころか、見事にその上で滑ってしまったことに気が付いて、背中を冷たい汗が流れるのを感じた。
だが、それでめげないのがわたしの良いところだ。蝋燭に鞭を持って、いやもとい、老骨に鞭を打って、わたしは気を取り直すと、講義を続けた。

「いや、今の話は軽くスルーしてもらって結構。わたしは最初から受けなど狙うつもりではなかった・・・。

ところで、わたしがこの紙を諸君に見せたのにはわけがある。実は、このA4の紙には大変な秘密が隠されているのだが、それにすでに気が付いている者がいたら、黙って手を挙げてほしい」

そう言って、誰か挙手するものがいないか見回してみるが、誰一人としていない。相変わらず今年も不作であったか、という思いが胸を過ぎる。

「それでは、質問を変えよう。この紙をこうして半分に折る。そうすると、このサイズの紙を何と呼ぶ?」
「A5です」と、今度は元気な答が返ってくる。
「その通り。A5だな。それでは、改めて訊くが、この紙の縦と横の比は幾らだ。いいか。みんなに5分与える。答えの分かった者は静かに挙手してくれ」

5分が過ぎて、答が分かった者は5人に一人程度。これがわが社の新入社員のレベルというわけである。

AサイズにしてもBサイズにしても縦と横の比は√2:1である。なぜなら、わざわざそのような比で作ってあるからである。この比(大和比という)の紙は何回折っても、あるいは半分に切っても縦横の比は同じく√2:1になる。

証明は極めて簡単である。例の内項の積は外項に等しい、を使えば良い。

A4の 1:Xに対し、A5は X/2:1 となるので、

1:X=X/2:1→1×1=X×X/2→1=X^2/2→X^2=2となり、X=√2となる。

さて、それでは、この紙の対角線の長さと横の長さの比は幾らになるであろうか?